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交通事故

10/25深夜交通事故にあった。

8月から勤務している学習塾からの帰路軽自動車に追突された。

私は原付に乗っており制限速度の30キロを守り、道路の左端を走っていた。

ゴールド免許がほしいので常に交通規則は守っている。

前回の更新から一度も違反をしていない。


やや暗い道だったがそこは幹線道路だった。

何も考えずに普段どおり走っていたら突然視界が消えた。

「カツン」という音が右下方向から聞こえた。

その後数秒間ふわっと宙に浮いた感じがした。

そして体の左側から道路に叩きつけられた。

何が起きているのかまったくわからなかった。

事故にあったということはわかったが、どういう状況におかれているのかまったくわからず正直恐怖を感じた。

地面に転がり横転したバイクとともに止まった。

しかしその後また何かかが起きるかもしれないという恐怖があった。


追突した自動車の運転手が降りてきて、話かけてきた時点でようやくこれ以上危険はないことがわかった。

相手方はすぐに自分の前方不注意を認め謝罪し、110番通報してくれた。

ひき逃げじゃなくて安心した。

警察はすぐに来た。

警察が救急車を呼んでくれた。

救急病院に搬送された。

救急車は乗り心地が悪く乗り物酔いしそうになった。


服の左側が大きく破れ、腰とひざに大きな擦り傷ができていた。

救急病棟では骨折などは発見されなかった。


深夜2時過ぎに解放された。


翌日になって背中に激しい痛みを感じた。

近くの整形外科に行った。

詳細なレントゲン撮影の結果左側第十肋骨が骨折していた。

そのまた翌日首が痛いのでもう一度受診した。

いわゆるむち打ちだった。

事故から一ヵ月半たったが背中はもう痛くない。

しかし首は痛い。

首の前側の筋肉は非常に弱いらしい。


事故の相手方の保険会社から賠償金が出るとのこと。

ただ、医療機関に行った日数に対していくらという算出方法だとのこと。


バイクの修理費は全額相手方の保険会社が負担してくれた。

過失割合は100:0だそうだ。

バイクのほうが通勤しやすいのでまたバイクで通勤している。

しかし、突然後ろから追突された恐怖は抜けない。

必要以上にバックミラーを見てしまう。


後日相手方が菓子折りを持って謝罪に来てくれたが、私は真後ろから追突され、バイクごとボンネットに跳ね上げられ、そこから地面に落下したそうだ。

バイクにはルームミラーがないので真後ろは確認できない。

できたとしても後ろばかり見ていたらこちらが前方不注意で事故を起こしかけない。

今回のような100:0の事故はいつ起こるか予測できないので防ぎようがない。

今までこういう事故にあわなかったのが運がよかったのか。

バイクに乗る=死んでも自己責任、という覚悟で乗っている。
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GW

世間はゴールデンウィークでしたが、宿泊業に従事している私は逆に忙しい1週間でした。
障害者雇用で就職しましたが、1ヶ月経ち、特別視されることもなくなりました。

色々と幸運が重なり、最低限の生活は維持できるようになりました。


と言っても社会福祉協議会に借りたお金の返済を再開しなければなりません。

ちょっと体調不安定

先週の精神科の診察で睡眠薬と安定剤を増量してもらった。

よく眠れるようにはなった。

しかしなんとなく落ち着かない。

体重が2 kg増えた。(76kg[→]78kg)

食生活は変わっていないので薬の副作用と思われる。

一時期体重が100kgを超えたことがあるので、体重増加には少々過敏になっている。

いわゆる6パックまで行かなくてもおなかはひっこめておきたい。

腕立て伏せをはじめ従来の基礎運動は欠かさずやっている。

ダンベルを使ったウェイトトレーニングも取り入れた。

ウェイトトレーニングは超回復の原理で筋肉を肥大させるので、中二日開けなければならない。

小学校の同級生のブログに歩数計のスマホアプリの話が出ていたので使ってみようと思う。

ジョギングやウォーキングする際スマホや家のカギをポケットに入れると走りずらいので、専用ポーチを買ったばかりだった(たった350円)

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金魚すくい

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私が子供の頃一番の楽しみといえば

遊行寺の開山忌であった。

遊行寺の境内から藤沢橋の辺りまで露店が並んで活況を呈していた。

しかし露店商の元締めつまりテキ屋が問題を起こしたらしく、現在は露店の出店はない。

藤沢駅北口はかつての賑わいをなくして久しかったが、今年で11回目の金魚すくいは活気を呈している。

始まった頃は金魚が余ってしまい配らざるを得ない状況だったそうであるが、現在は驚くほどの盛況である。

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出店も商店街の店が主に出店しているようである。

私の好きな萬福楼も出店していたので、今日は贅沢して唐揚げを買った。

しかし懸念もある。

金魚すくいの金魚は病気にかかった金魚を業者が安く出荷していると聞いたことがある。

また炎天下ですくわれる金魚はすぐに弱ってしまう。

元々病気でさらにストレスにさらされた金魚の多くは持ち帰られた後数日でほとんどが死んでしまうと思われる。

生き物を遊びの道具に使うということが動物虐待だと考える人もいるかもしれない。

どこかの県で川に金魚を放流して捕まえるという伝統行事が中止になったらしい。

ちなみに我が家には2匹金魚がいる。



揉め事の多い通り

私の住居は商店街に面している。
人通りが多いので揉め事がよく起きる。

先日は飲酒運転のバイク運転手が警察官二人相手に暴れていた。



先ほど大声で叫んでいる女性の声がした。

「ダセーんだよ」

と仕切りに叫んでいた。

酔っ払いが暴れているかと思い窓から外を見た。

タクシーが停まっていて家族連れともめていた。

昔接客業をやっていた経験からタクシー側に言葉遣いが悪いとか遠回りしたとかといった落ち度があったのではないかと思った。

女性はかなりヒートアップしていたが、実際にもめていたのは車中にいた男性とタクシードライバーの模様。

周辺住民の私としては明日は年に一度の金魚すくいの祭典なんだから早く終わってケロッピと思っていたら警察官が現れた。

当事者かあるいは周辺住民が通報したか?

お巡りさんが双方の事情を聞いていたが、結局タクシードライバーが頭を下げていた。

やはり接客する側に落ち度があったようである。

しかし品のない言葉でタクシードライバーを罵っていたご婦人には正直関心しない。

きっと罵られたタクシードライバーは自分の落ち度を忘れて意固地になったはずである。

感情的な言葉は聞いていていい気はしない。

うちの周辺はマンションだらけなので相当数の人が目撃していたと思う。

おそらく一番の悪役はタクシードライバーではなくあのご婦人であったろう。

明日の金魚すくいは無事であってほしい。

ひきこもるのは難しい

10日近く家に引きこもっていたが、やはり難しい。

カーテンを閉めて部屋を暗くし寝るだけの生活を目指したが難しい。

一日何もしないと睡眠薬を飲んでもすぐ目が覚める。


今日は歯医者の検診があったので外に出た。

衛生士さんに歯の状態を説明してもらった。

やはりまったく誰ともコミュニケーションを図らないよりはいい。


運命には抗えない

ここ数日家に引きこもって思うに、

人は運命には抗うことができない。



教育の機会に恵まれなくても実社会でチャンスをつかむ人もいる。

高い教育を受けるチャンスに恵まれても実社会で活かせない人もいる。


生老病死は人の運命。

「病」には十分つかり、

「老」も近づいてきた。



福祉制度がない明治時代に生まれていたら私はとっくに餓死しているであろうが、

運よく現代は福祉制度が充実していて病気で働けない人間は国家が援助してくれる。



働かざる者食うべからずである。

今の私に直接収入を得る手段はない。

何かしら間接的に社会に貢献して、働いていると解釈してもらえる行動をしてみたい。



思い付きだが何かしらのボランティア活動を探してみようかと思う。





うその夢

某自動車会社不採用は思いの外ショックが大きくもう四日も寝込んでしまっている。

昨日と今日は部屋から一歩も出ず寝ている。

精神病患者となって12年経った。

いつかは回復すると信じて服薬治療を受け、生活習慣の改善にも取り組んだ。

先月年齢が50歳になった。

会社員、自営業、主婦、学生などといった呼称で自分を言い表すと

「50歳、男性、精神障害者」となるのだろうか?



障害者雇用に応募し続けて実感したのは、

「障害者=何もできない人=社会に出た経験なし=特別扱いが必要=憐みの対象」

これが求められる人物像のようである。


実習を受けた自動車会社でも雇用されているのは20代で社会経験ゼロの人たちであった。

障害者部門の責任者と話していて、彼女が求めている人材は「調教」できる「子供」であるのは明らかであった。


しかしこの自動車会社はまだいい方である。

面接もしてくれたし、実習も受けさせてくれた。

今まで何十社応募したかわからないが、書類選考で落ちてばかりである。



私は高校は家から一番近い偏差値49の普通科高校に通った。

卒業後は女子は大半が就職、男子は専門学校、大学に進むのは1割程度だった。

昭和60年の大学進学率は50%程度だったらしいので、基準よりかなり低い。


私はふとしたことから同じ小・中学校出身の友人と学習塾に通った。

そこには地元の進学校である湘南高校から多くの生徒が通っていた。

当初我々二人の学力は明らかに低かった。

しかし、東大や一橋を当たり前に目指している仲間と勉強しているうちみるみる学力が向上していった。

結局明治大学の法学部に入学した。

時代はバブル景気真っ只中、就職はよりどり緑であった。

二年生の時この風潮に大きな違和感を感じた。

当時の大学は入るのは難しく出るのは簡単といわれていた。

まったくその通りであった。

東京の有名私立大学には必ず付属の高校がある。

付属高校出身者たちは強力なネットワークを持っていて、すべての教授の試験問題の過去のデータを持っていた。

勉強など何もしなくても彼らに試験前にコピーさせてもらえば簡単に単位が取れた。



私は大学というのは最高学府で最高の教養を身に着けることができるところだと思っていた。

失望した。



誰もやったことがない異次元の学問に挑戦したかった。

最初は司法試験に合格した先輩に勧められ司法試験も考えてみた。

しかし法律というものにあまり興味がなかった。


結局当時まだ持っている人が少なかったMBAという学位を目指すことにした。

インターネットがなかった時代なので、洋書を多く取り扱っている日本橋の丸善と東京駅のそばの八重洲ブックセンターに通い詰めてどうすれば留学できるのか調べた。

運よく国際法ゼミの同級生のお兄さんがコロンビア大学のビジネススクールに留学中だったので手紙を書いていろいろアドバイスを頂戴した。

ビジネススクールには入学試験というのはなく、TOEFLという英語力を判断する試験、GMATとという論理的な思考力と数値的な思考力を試す試験、そして志望動機などの大学院側から聞かれる問題に書面で答えるという三点で合否が判断されるということがわかった。

周りが就職活動に精を出す中ひたすら英語力に磨きをかけた。


運よくオハイオ州にある州立大学から奨学生として入学してほしいという通知をもらった。

アメリカの大学院は過酷であった。

まるでモンゴルから連れてこられた日本語が一言もわからない少年が日本の相撲部屋に入ったような環境であった。

相撲の世界では、外国出身力士が例外なく日本語が話せる。

日本語ができなければそもそも生きていけない。

兄弟子に言われたことが理解できなければ殴られる。

大学院で殴られることはないが、英語がわからず成績が悪ければ即刻退学である。



二年間の相撲部屋のような生活を乗り切りMBAをもらった。

私は人生を切り開いたと思った。

20年後この学位が自分の商品価値をゼロにすることになった。


この学位を持っていたおかげで私は30代半ばで外資系企業の管理職になった。

完全に取り返しのつかない経歴を作ってしまった。


履歴書にうそを書くと経歴詐称になってしまう。

大学院を卒業しているのに養護学校卒業とはかけない。

管理職をやっていたのにパートだったとも書けない。


これでは書類選考で落ちるのは仕方がない。

運よく面接になったとしても外見が障害者に見えない。

「障害があるようには見えませんが、いったいどこに障害が?」

「障害者の方にやっていただくのは非常に単純に作業で、こんな立派な経歴の方にはちょっと・・・」

体よく断られる。


障害者雇用でない一般の求人に応募することもある。

この12年間のことは限りなく詐称に近い記述をする。

フリーの翻訳家をしていてダブルワーク希望と書く。

翻訳家というのはうそではない。

翻訳会社の試験を受け合格し、ほんの数件翻訳をしたことがる。

また、派遣で数カ月通訳をしたこともある。


しかし、採用担当者もプロなのでどこかおかしいと見抜かれる。


もう就職することはあきらめるしかない。

幸い障害者年金というものを受給している。

額は生活保護を受給するのより少々低い程度。

生活保護を受けるという手もあるが、決められた金額以下の家賃の物件に引っ越さなければならないし、医療機関にかかる際いちいち役所に届け出なければならない。

この四日間考え尽くしたが、体が思うように動かない以上年金だけで暮らす、つまり何もせず家の中でじっとしている生活を送るしかない。

今日見た夢の話を書くはずが現実の話になってしまったのでまた後日。

辞退

フランス人が社長の自動車会社の実習5日間が今日終わった。
結果から先に言うとこちらから辞退させてもらった。

簡潔に理由を記すと、
健康状態が勤務をこなせるほど良くなっていない。
次に障害者雇用部門の責任者と明らかに馬が合わない。

就労支援センターの方も辞退すべきという意見で、辞退となった。

実習は無給、交通費も出ないとのことである。
益々生活が苦しくなった。

いいことといえば体脂肪率が減ったことだけか?

野菜

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冷蔵庫に少しだけ野菜が残っていた。

食物繊維も必要かと思い玉ねぎと人参をオイスターソースで炒めて食べた。

実際にはほんの少しの量しか食べていないが、満腹感があり過ぎて苦しい。

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